Overview
高温ガス炉(HTGR)は、その卓越した安全性、高い熱効率、そして多様な産業利用の可能性から、次世代原子炉の有力な選択肢として世界的に注目されている。炉心に耐熱性の高いセラミック材料や黒鉛を用い、冷却材に化学的に不活性なヘリウムガスを使用することで、原理的に炉心溶融(メルトダウン)が起きない「固有の安全性」を持つことが最大の特徴である。この安全性は、日本原子力研究開発機構(JAEA)の高温工学試験研究炉(HTTR)を用いた実証試験で証明されており、2024年3月には原子炉出力100%の状態で冷却機能を完全に喪失させるという過酷な条件下でも、原子炉が自然に停止し安定状態を維持することに成功した。
また、高温ガス炉は950℃以上の極めて高温の熱を取り出すことが可能であり、これにより従来の軽水炉(約30%)を大幅に上回る45%以上の発電効率を達成できる。さらに、この高温熱は発電だけでなく、水素製造、化学プラントの熱源、地域暖房など多目的に利用できるため、特に2050年のカーボンニュートラル達成に向けた切り札として期待されている。経済性評価では、発電コストが軽水炉よりも約3割低いとの試算もあり、安全性と経済性の両立が期待される。
一方で、出力密度が低いために大型化が難しく、小型モジュール炉(SMR)としての開発が主流であることや、水素製造における他エネルギー源とのコスト競争力、実用化に向けた安全基準の策定など、解決すべき課題も存在する。現在、日本ではHTTRでの研究開発を基盤に実証炉開発が進められているほか、中国では世界初となる商用実証炉が運転を開始するなど、国際的な開発競争が加速している。
詳細レポート
高温ガス炉の基本原理と構造
高温ガス炉は、従来の軽水炉とは一線を画す設計思想に基づいている。その核心は、高温に耐えうる材料の採用と、化学的に安定した冷却材の使用にある。
炉心構造と材料
炉心の主要な構成材には、中性子の減速材として黒鉛(グラファイト)、燃料の被覆材や構造材にセラミックスが用いられる。黒鉛は2000℃以上の高温に耐えることができ、熱容量が非常に大きいため、万一の事故時でも炉心温度の変動が極めて緩やかになるという特性を持つ。冷却材には、水(軽水)の代わりに化学的に不活性で安定なヘリウムガスが使用される。これにより、軽水炉で取り出せる温度が約300℃に制限されるのに対し、高温ガス炉では1000℃近い熱を取り出すことが可能となる。また、ヘリウムガスは水のように相変化せず、配管内で沸騰することもないため、安定した冷却が可能である。さらに、水とジルコニウムの反応によって発生する水素爆発のリスクも原理的に存在しない。

燃料:TRISO被覆燃料粒子
高温ガス炉の安全性と性能を支えるもう一つの重要な要素が、TRISO(TRi-structural ISOtropic)被覆燃料粒子と呼ばれる特殊な燃料である。これは、直径1mmに満たないウラン燃料の核を、炭素と炭化ケイ素(SiC)のセラミック材で4重に被覆した微小な球状粒子である。この多重セラミック被覆は極めて強固で、1600℃という非常に高い温度でも核分裂生成物を内部に安定して閉じ込める能力を持つ。これにより、過酷な事故条件下でも放射性物質が外部へ大量に放出されるリスクを大幅に低減している。
炉型:ブロック型とペブルベッド型
高温ガス炉には、主に2つの炉型が存在する。
- ブロック型: 日本のHTTRで採用されている方式で、TRISO燃料粒子を黒鉛と混合して焼き固めた燃料コンパクトを、六角柱状の黒鉛ブロックに挿入して炉心を構成する。
- ペブルベッド型: 中国のHTR-PMなどで採用されている方式で、TRISO燃料粒子を封入した直径約6cmの球状の燃料(ペブル)を多数炉心に装填する。運転中にも燃料の追加・取り出しが可能という特徴がある。
卓越した安全性:固有の安全性の実証
高温ガス炉の最大の利点は、外部からの電力供給や人為的な操作に依存せず、物理法則に基づいて原子炉が自然に安全な状態に収束する「固有の安全性」にある。
自己制御性と受動的冷却
高温ガス炉は、以下の2つの特性により、原理的に炉心溶融(メルトダウン)を起こさない設計となっている。
- 負の反応度フィードバック特性: 燃料の温度が上昇すると、ウラン238が中性子を吸収しやすくなるドップラー効果により、核分裂連鎖反応に自動的にブレーキがかかり、出力が自然に低下する。
- 受動的冷却能力: 炉心は熱容量が非常に大きい黒鉛で構成されているため、万一冷却材の循環が停止しても、炉心温度の上昇は非常に緩やかである。そして、炉心で発生した崩壊熱は、原子炉圧力容器の表面からの伝導や放射によって自然に外部へ放熱され、燃料が破損する温度(1600℃)を大幅に下回るレベルで安定する。

HTTRにおける安全性実証試験の成功
この固有の安全性は、長らく理論上のものとされてきたが、JAEAのHTTRを用いた一連の試験によって実証された。特に画期的だったのが、OECD/NEA(経済協力開発機構/原子力機関)の国際共同プロジェクトとして実施された「炉心流量喪失試験(LOFC試験)」である。
2024年3月27日から28日にかけて行われた試験では、原子炉を定格出力100%(30MW)で運転中に、冷却材であるヘリウムガスの循環機をすべて意図的に停止させ、さらに制御棒による緊急停止も行わないという、全電源喪失に相当する極めて過酷な事態を模擬した。その結果、原子炉出力は物理現象のみで自然に低下し、炉心温度も一時的な上昇の後、安定した状態を維持することが確認された。この成功は、高温ガス炉が原理的に炉心溶融を起こさないことを世界で初めて実炉で証明したものであり、社会実装に向けた大きな一歩となった。
多様な熱利用と高い発電効率
高温ガス炉は、950℃を超える高温の熱を安定的に供給できる世界で唯一の原子炉タイプであり、これが多様な利用可能性を生み出している。

高効率発電
取り出せる熱が高温であるため、ヘリウムガスで直接ガスタービンを駆動する高効率な発電が可能となる。これにより、従来の軽水炉の蒸気タービン方式の発電効率が約30%程度であるのに対し、高温ガス炉では45%以上の高い発電効率が期待できる。熱利用効率の高さは、同じ量の燃料からより多くのエネルギーを取り出せることを意味し、経済性や環境負荷低減にも寄与する。
カーボンフリー水素製造
高温ガス炉が最も期待されている用途の一つが、製造過程でCO2を排出しない「カーボンフリー水素」の大量生産である。高温熱を利用する水素製造法には、主に以下の2つが研究されている。
- メタンの水蒸気改質法: 天然ガス(メタン)と水蒸気を約800℃で反応させて水素を製造する方法。
- 熱化学法(ISプロセス): ヨウ素(Iodine)と硫黄(Sulfur)を触媒として利用し、約900℃の熱で水を直接分解して水素と酸素を製造する方法。このプロセスは完全にCO2フリーであり、将来の水素社会を支える基幹技術として期待されている。
日本政府は「グリーン成長戦略」の中で、HTTRを活用して2030年までに高温ガス炉による水素製造技術を確立する方針を掲げている。JAEAでは、HTTRに水素製造施設を接続する「HTTR-熱利用試験計画」を進めており、技術の実証を目指している。

経済性評価
高温ガス炉は、その高い安全性と熱効率から、経済性の面でも軽水炉に対する優位性を持つと評価されている。
JAEAが商用高温ガス炉モデル「GTHTR300」を基に行った試算によると、設備利用率70%の場合の発電原価は7.9円/kWhとされている。これは、同条件における軽水炉の発電原価11.7円/kWhと比較して約3割低い数値である。

この経済的優位性の主な要因は以下の通りである。
- 資本費の低減: 高い固有の安全性により、軽水炉で必要とされるような大規模な非常用冷却設備や格納容器を簡素化できる。また、ガスタービンを直接駆動するシステムは、蒸気発生器や複雑な配管が不要なため、プラント全体がシンプルになり建設費が削減される。
- 高い設備利用率: GTHTR300は、燃料交換の頻度を減らす設計などを採用し、90%という高い設備利用率を目標としている。
ただし、これはあくまで設計段階での評価であり、実際の建設コストや運転維持費は、今後の実証炉開発を通じて検証される必要がある。
国際的な開発動向と日本の取り組み
高温ガス炉は、第4世代原子炉の一つとして世界各国で開発が進められている。
| 国・地域 | 主な動向 |
|---|---|
| 日本 | JAEAのHTTR(ブロック型、熱出力30MW)が研究開発の中核。1998年に初臨界、2004年に世界最高の950℃を達成。2024年の安全性実証試験成功を受け、2030年代後半の実証炉運転開始を目指す。英国やポーランドとの国際協力を積極的に推進している。 |
| 中国 | ペブルベッド型高温ガス炉の開発で世界をリード。2023年12月、実証炉「HTR-PM」(電気出力21万kW)が世界で初めて商業運転に移行した。 |
| 米国 | 小型モジュール炉(SMR)として高温ガス炉の開発を進めており、2028年までの実証炉建設を目指している。 |
| ポーランド | エネルギーの脱石炭化に向け、日本の技術協力を得て20~30万kW級の高温ガス炉を10~20基建設する計画を持つ。 |
| 英国 | 日本と連携し、高温ガス炉実証炉プログラムを推進している。 |
課題と今後の展望
高温ガス炉の実用化に向けては、多くの利点がある一方で、克服すべき技術的、経済的、制度的な課題も存在する。
技術的課題
- 大型化の困難さ: 高温ガス炉は出力密度が軽水炉の1/10程度と低く、安全性を確保しやすい反面、同じ出力を得るためには炉心が大きくなる。このため、100万kW級のような大型炉の建設には向かず、経済性の観点から小型モジュール炉(SMR)を複数組み合わせるアプローチが主流となっている。
- 高温材料と接続技術: 950℃を超える高温環境下で長期間安定して稼働する材料やコンポーネントの開発、特に原子炉と水素製造施設などを安全に接続する技術の確立が不可欠である。
- 燃料再処理技術: 使用済み燃料の再処理技術はまだ確立されておらず、今後の研究開発課題となっている。
経済的・制度的課題
- コスト競争力: 特に水素製造においては、将来的に安価になると予想される再生可能エネルギー由来の水素とのコスト競争が大きな課題となる。
- 初期投資と維持管理: 高度な技術を用いるため、初期投資が高額になる可能性があるほか、専門的な知識を持つ技術者の確保と維持管理の難しさも指摘されている。
- 安全基準の策定: 高温ガス炉特有の安全設計を適切に評価し、合理的な規制を構築するための新たな安全基準や構造規格の策定、およびその国際標準化が急務である。
潜在的リスク
理論上は極めて安全とされるが、想定外の事態に対するリスクも指摘されている。例えば、ヘリウム配管の大規模な破断によって炉心に空気が侵入し、高温の黒鉛が燃焼する「空気侵入事故」や、熱交換器の破損で水が炉心に侵入し「水蒸気爆発」を引き起こす可能性などが挙げられる。これらのリスクに対する安全対策のさらなる高度化が求められる。