概要
2025年6月13日、日本の特許庁は、人工知能(AI)が生成したロゴやネーミングなどの商標登録を現行の商標法の下で認める方針を正式に確認しました。この決定は、産業構造審議会の商標制度小委員会で示されたもので、AIの創作プロセスへの活用が広がる現状に対応するものです。
重要な点は、商標法の目的が創作行為そのものの保護ではなく、商品やサービスの出所を識別し、円滑な経済活動を保護することにあるという点です。そのため、AIが生成したものであっても、商標としての識別機能を満たせば登録対象となると判断されました。
これは、AI生成物が原則として「著作物」とは認められない著作権の考え方とは一線を画すものです。著作権法が「人間の思想・感情の創作的表現」を保護対象とするのに対し、商標法は創作者が人間であるか否かを問わないため、このような違いが生まれます。
詳細レポート
特許庁の方針と法的根拠
2025年6月13日に開催された特許庁の産業構造審議会・商標制度小委員会において、AIを利用して作成された商標の登録を現行制度で認める方針が確認されました。この方針は、AI技術の発達を踏まえた商標制度上の論点整理の一環として示されたものです。
特許庁の判断の根底には、商標法の目的があります。商標法は、創作者の権利を守る著作権法とは異なり、ある商品やサービスが特定の事業者から提供されていることを示す「識別標識」を保護し、それによって事業者の信用を維持し、消費者の利益を守ることを目的としています。したがって、その商標が人間によって作られたか、AIによって生成されたかは登録の可否を左右する本質的な問題ではないと結論付けられました。
また、AIの学習(トレーニング)段階で他人の登録商標を含むデータを使用する行為は、商標権侵害にはあたらないとの見解も示されています。ただし、AIが生成したロゴなどが他人の登録商標と類似しており、それを使用して商品やサービスを提供した場合は、従来通り商標権侵害となる可能性があります。
著作権と商標権の根本的な違い
AI生成物を巡る知的財産権の議論では、著作権と商標権の違いを理解することが極めて重要です。
知的財産権の種類 | 保護対象 | AI生成物の扱い | 根拠 |
---|---|---|---|
著作権 | 人間の思想・感情に基づく創作的な表現(美術、文学、音楽など) | 原則として保護されない。AIは人間ではないため、「人間の創作物」という要件を満たさないと解釈される。 | 著作権法は「人間の思想又は感情を創作的に表現した」ものを著作物と定義しているため。 |
商標権 | 商品やサービスを他と区別するための識別標識(文字、図形、記号など) | 保護される。識別力などの要件を満たせば、生成プロセス(AIか人間か)は問われない。 | 商標法は出所の識別機能と円滑な経済活動の保護を目的としており、創作者が人間であることを要件としていないため。 |
この違いを具体的に示すと、AIが生成した芸術的な画像は著作権で保護されない可能性がありますが、その画像を企業が自社商品のロゴとして使用し、商標登録の要件を満たせば、商標権による保護を受けることができます。
著作権は、ピカソの絵画のような人間の創作物を保護します。
商標権は、マクドナルドのロゴのように、商品やサービスの出所を示す識別標識を保護します。
AI生成商標の出願における実務上の注意点
特許庁がAI生成商標を認める方針を示したことで、企業や個人はAIをブランディングに活用しやすくなりますが、以下の点に注意が必要です。
- 事前調査の徹底: AIは既存のデータを学習して生成するため、意図せず他者の商標に類似したロゴやネーミングを生成するリスクがあります。出願前には、特許情報プラットフォーム「J-PlatPat」などを利用して、綿密な先行商標調査を行うことが不可欠です。
- AIサービスの利用規約確認: 使用するAIツールの利用規約を精査し、生成物の商用利用権や商標登録に関する権利が誰に帰属するのかを確認する必要があります。
- 人間の関与の記録: 商標登録自体に人間の創作性は問われませんが、米国などでは著作権保護の可否において人間の関与の度合いが重要視されます。将来的な権利活用の可能性を考慮し、AIへの指示(プロンプト)や生成されたデザインへの修正・改良など、人間がどのように創作に関与したかを記録しておくことが賢明です。
AIと知的財産権に関する今後の展望
今回の商標に関する方針は、AIと知的財産権をめぐる議論における一つの重要な進展です。特許庁は、商標審査の効率化・高度化を目指し、AIを活用した画像検索技術の開発にも取り組んでいます。
一方で、特許や意匠の分野では、依然として課題が残っています。現行法では、発明者や創作者は自然人(人間)であることが前提とされており、AIが自律的に行った発明や創作をどのように保護するかについては、法改正を含めたさらなる検討が必要です。特に、AIが発明者となり得るかを争った「DABUS」事件では、日本の知財高裁も現行法上AIを発明者とは認められないとの判断を下しています。
今後、AI技術がさらに進化する中で、商標以外の知的財産分野においても、新たなルール作りや法解釈が進められていくことが予想されます。