標準必須特許(SEP)関連の侵害訴訟事例まとめ

標準必須特許(SEP)関連の侵害訴訟事例まとめ

標準必須特許(SEP:Standard Essential Patents)を巡る侵害訴訟は、知的財産権の行使と独占禁止法(競争法)のバランス、そして「FRAND条件(公平、合理、かつ非差別的)」でのライセンス交渉のあり方を決定づける重要な節目となってきました。プレゼンテーションやレポートで紹介しやすい、国内外の代表的な5つの重要訴訟事例をその位置づけとともにまとめています。

1. アップル 対 サムスン事件(日本:知財高裁大合議判決、2014年)

日本のSEPにおける最高峰のリーディングケースです。

  • 概要: サムスンが保有する通信技術のSEPに対し、アップルのiPhoneが特許を侵害しているとして、サムスンが権利行使(差し止め請求および損害賠償請求)を行いました。
  • ここがポイント(判決の本質):
    • 差し止め請求の制限: FRAND宣言されたSEPについて、実施者(アップル)が誠実に交渉する意思がある「誠実な交渉者」である限り、特許権者による差し止め請求の権利行使は「権利の濫用」となり認められないという判断を示しました。
    • 賠償額の制限: 損害賠償についても、FRANDライセンス料相当額を超える部分の請求は認められないとしました。

2. Sisvel(シスベル)対 Haier(ハイアール)事件(ドイツ:連邦最高裁判決、2020年)

ヨーロッパにおける「誠実な交渉」の具体的なプロセスを明確にした重要な判決です。

  • 概要: シスベル(パテントプール管理会社)が、ハイアールのスマートフォンが通信規格のSEPを侵害しているとして差し止めを求めました。
  • ここがポイント(判決の本質):
    • 欧州司法裁判所(CJEU)の過去の基準(Huawei対ZTE)を一歩進め、実施者(ライセンスを受ける側)に対して非常に厳しい態度を示しました。
    • 単に「ライセンスを希望する」と言葉で伝えるだけでは不十分であり、特許権者からの提示に対して遅滞なく、具体的かつ誠実にカウンターオファー(対案提示)をしなければ「不誠実な交渉者」とみなされ、差し止めが認められるという実務的なルールが確立しました。

3. Unwired Planet(アンワイアード・プラネット)対 Huawei(ファーウェイ)事件(イギリス:最高裁判決、2020年)

イギリスの裁判所が「グローバル(全世界)なライセンス料率」を一方的に決定できる権限を示し、世界中に衝撃を与えた事例です。

  • 概要: 通信規格特許を持つアンワイアード社が、ファーウェイを相手に英国での特許侵害を訴えました。
  • ここがポイント(判決の本質):
    • 世界規模の料率決定: 英国最高裁は、多国籍企業間のライセンスにおいて、国ごとに交渉するのは不合理であるとし、「英国の裁判所には、世界中で適用されるグローバルなFRANDライセンス料率を決める権限がある」と判断しました。
    • もし実施者が、裁判所の決めたグローバル料率での契約を拒む場合、英国市場での製品販売差し止めを命じるという強力なペナルティを課しました。

4. クアルコム 対 韓国公正取引委員会(KFTC)事件(韓国:ソウル高裁・最高裁、2019年〜)

独占禁止法(市場支配的地位の濫用)の観点から、SEP保有者のビジネスモデルそのものが断罪された事例です。

  • 概要: モデムチップ世界大手のクアルコムが、競合するチップメーカーへのライセンスを拒絶し、端末メーカー(サムスンやアップルなど)に対して「ライセンス契約を結ばなければチップを供給しない」という抱き合わせ行為を行っていたとして、韓国の規制当局から約1兆ウォン(約940億円)の課徴金を科されました。
  • ここがポイント(判決の本質):
    • 裁判所はクアルコムの行為を「市場支配的地位の濫用」と認め、是正命令を支持しました。
    • FRAND宣言をしている以上、競合するチップメーカーからのライセンス要求も拒絶してはならないという方針が明確になり、その後のグローバルなサプライチェーンにおけるライセンス慣行に大きな影響を与えました。

5. 【近年のトレンド】自動車(コネクテッドカー)分野でのSEP紛争

かつては「スマホ・IT業界内」の争いだったSEP紛争が、IoTの普及に伴い自動車業界へと飛び火した象徴的な動向です。

  • 概要(Nokia対Daimler、Avanciパテントプールなど): ノキアなどの通信特許保有連合(Avanciなど)が、インターネットに繋がる車(コネクテッドカー)を製造する独ダイムラー(メルセデス・ベンツ)などを相手に、通信部品の特許侵害で欧州を中心に相次いで提訴しました。
  • ここがポイント(判決の本質):
    • 誰がライセンスを受けるべきか: 自動車メーカー側は「部品メーカーと交渉してくれ」と主張したのに対し、特許権者側は「完成車(自動車全体)の価格をベースにライセンス料を払え」と主張。
    • 結果として、自動車メーカー側が折れる形で包括的なライセンス契約を結ぶ事例が相次ぎ、今やトヨタ、ホンダ、テスラ、BYDなど世界の主要自動車メーカーの多くが通信SEPのライセンス料を支払う構造になりました。