概要
株式会社有隣堂は、1909年に横浜の伊勢佐木町で創業した老舗書店チェーンである。その社名は『論語』の一節「徳は孤ならず必ず鄰有り」に由来する。創業当初から書籍だけでなく文房具や雑貨を取り扱い、大正時代には飲食店を併設するなど、先進的な多角経営を行ってきた。関東大震災や横浜大空襲による店舗の焼失と再建、戦後の米軍による接収といった困難を乗り越え、横浜と共に復興を遂げた。
1964年の横浜駅西口への出店を皮切りに多店舗化を進め、神奈川県内から首都圏へと事業を拡大した。近年では、書籍販売市場の変化に対応し、カフェ併設型の「STORY STORY」や、多様な業態が集う複合型店舗「HIBIYA CENTRAL MARKET」などを展開。さらに、台湾の「誠品生活」の日本1号店の運営や、関西エリアへの進出も果たすなど、創業以来の「挑戦の精神」を受け継ぎ、常に新しい書店の形を模索し続けている。現在では、店舗事業に加え、法人向けのオフィス用品販売などが売上の大きな柱となっている。
詳細レポート
創業期:横浜での誕生と多角化の萌芽 (1909年~)
有隣堂の歴史は、1909年12月13日、創業者・松信大助が横浜の伊勢佐木町1丁目に間口2間(約3.6m)、奥行き3間(約5.5m)の小さな書店「第四有隣堂」を開業したことから始まる。この名称は、既に長兄らが「第一有隣堂」などを開業していたためである。創業の地は、横浜開港50周年に沸く活気ある街であった。
創業者は新しいもの好きで、当時珍しかった12色の色鉛筆をドイツから輸入して店頭に飾ったという逸話も残っている。その気風を反映し、当初から書籍・雑誌だけでなく文房具も販売していた。1920年には関連商店を合併して「株式会社有隣堂」を設立し、店舗を3階建てに新築。さらに1921年頃には店舗2階に「有隣食堂」を開店し、飲食業にも進出した。しかし、1923年の関東大震災で店舗は倒壊・焼失し、焼跡で古本を売ることから営業を再開した。
戦後復興期:苦難を乗り越えて (1945年~)
順調に再建を進めた店舗も、1945年5月の横浜大空襲によって再び全焼する。終戦後、店舗敷地は米軍に接収されたため、焼け残った倉庫で営業を再開した。約10年にわたる接収が解除された後、1956年に現在の伊勢佐木町本店となる「有隣堂ビル」を創業地に竣工させた。このビルは、大理石を貼り、エレベーターを備えた当時としては画期的な専門店ビルであり、戦後の横浜市民に文化や娯楽を提供する場となった。翌1957年にはビルの地階にレストランを開設し、飲食事業を再開した。
事業拡大期:神奈川から首都圏へ (1964年~)
1964年、東京オリンピック開催の年にオープンした横浜駅西口のダイヤモンド地下街に「西口店」を開店したことが、多店舗化の第一歩となった。これを機に、「横浜の有隣堂」から「神奈川の有隣堂」へと販売網を拡張し、藤沢(1965年)、厚木(1971年)など県内主要都市へ次々と出店した。
主な市外・県外初進出
年 | 場所 | 備考 |
---|---|---|
1965年 | 藤沢市 | 横浜市外への初進出 |
1975年 | 町田市 | 東京都内への初進出 |
1993年 | 東京都大田区 | 東京23区内への初進出(アトレ大井町店) |
1999年 | 千葉県浦安市 | 千葉県内への初進出(アトレ新浦安店) |
2023年 | 兵庫県神戸市 | 関西エリアへの初進出(神戸阪急店) |
2024年 | 大阪府大阪市 | 大阪府への初進出 |
また、外商部門を組織的に拡大し、OA機器や楽器の販売、音楽教室の運営(1972年~)など、書籍販売以外の事業も強化していった。1980年代にはワープロやPCの販売にも本格的に着手している。
新たな挑戦:複合業態と事業の多角化 (1989年~現在)
平成に入ると、出版業界が陰りを見せ始める中、有隣堂は新たな成長の道を模索する。1991年に横浜市戸塚区に営業本部ビルを竣工させ、東京圏への本格進出を開始。1993年にはオフィス通販事業「アスクル」の取り扱いを開始するなど、法人向け事業(BtoB)を強化し、これが現在では売上の半分以上を占める大きな柱となっている。
2015年以降は、新たな店舗形態の開発に注力している。書籍・雑貨・カフェが一体となった「STORY STORY」を新宿に開店したのを皮切りに、2018年には東京ミッドタウン日比谷に、書店、飲食店、アパレル、理容店などが一つの空間に共存するユニークな複合型店舗「HIBIYA CENTRAL MARKET」をオープンさせた。さらに2019年には、台湾発の著名な文化発信拠点「誠品生活」のライセンスを受け、日本1号店「誠品生活日本橋」の運営を開始するなど、挑戦を続けている。
現在、有隣堂は神奈川、東京、千葉、兵庫、大阪に約40店舗を展開し、書籍販売を核としながらも、時代の変化に対応した多様な事業を通じて、文化と情報の新たな出会いの場を創出し続けている。
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